帰ることのない人

帰ることのない人の 帰りを待つことほど

淋しく 心細いことはないのかもしれない



忘れられた祖父の工房は ひっそりと

帰ることのない主人を想って

かたくなに 扉を閉じている



家具職人だった祖父は

引退後 自宅に 小さな 小さな

工房をかまえた

そして ほんの短い時間

悲しくなるほどの 短い時間を

そこで過ごした



祖父の残したほんの少しの作品

それは作品と呼べるほどのものではないかもしれないけれど



それらは さらに少しずつ

家族のもとへと 分けられることとなった



祖父が工房で過ごした時間は

自分のために何かを作るには あまりにも短かったと私は思う



でも、その作品の何十倍、何百倍もの家具が

いまでも どこかで だれかの手にふれているのだろう



そんなふうに考える時

枯れた井戸のとなりにある 光のささない祖父の工房のことを

ほんの少し想うのだ