[]つづき

カーテンのすきまから差し込む日の光に 彼は目を覚ました。/昨日と 何も 変わらない朝のにおい。でも昨日の自分ではない 今日の自分がいる。これから 誰に会いにいこう…珈琲を飲みながら ぼんやり 考える。/彼は動物園にむかった。ひとりベンチに座って。フラミンゴの美しいピンクの群れをみた。そうしてポロリ、一粒の涙を落とした。/旅に出てからずっと胸のポケットに入れていた真っ白な封筒。会いに行こうか…渡しに行かなくちゃ。そう考えていたら涙が自然にあふれてきた。/隣のベンチに、赤い風船をもった女の子が座った。そして話しかけてきた。「どうして泣いているの?」/彼はなにも答えずにただ じっと彼女を見つめた。その時、彼女が手に持っていた風船が、柔らかな風に ゆらりゆらりと青い空に向かって 飛んで行った。/「あ」と女の子は言って 2人は小さくなってゆく風船を見送りました。遠く遠くなって風船が 見えなくなっても 2人はしばらく だまって 消えていった方を見つづけていました。やがて 彼が口を開いて 「手紙を届けたいんだ」と ぽつりといいました。/その風船はふたつに ぽっかり わかれて 空のはてに 消えていった。決して ひとつには 戻りません。二度とです/ 女の子はきれいな黒豆のような目で 彼を見つめると、両手をさしだして 彼の涙をふいた。その手はやわらかい。昔、どこかで、この感触を、どこかで、僕は知っている。どこだったろう…?猫の毛のような、あったかい リネンのパジャマのような、その手。「ありがとう」と 彼は言った。/その女の子はフランソワの幼い頃に少し似ているのかもしれなかった よくれんげの花をつんで二人で帰ってたっけ。ぼくたちだけの 緑のトンネルをぬけて… 手をつないで、おわらない話をしながら…ぼくたちはまだ子供だった…。/伝えたい想いを山程もしたためたのに もう胸から別の言葉があふれ出ている。フランソワに届けたいのは過去?今日?未来?/ 彼は新しい便せんを 取り出し 再びフランソワに向けて手紙を書き始めた。書き終えるまでに ものすごく時間がかかった。涙がとめどなくあふれたり、あたたかく 幸福な想いに包まれたり。とにかく 彼は一通の長い手紙をじっくりと言葉を味わいながら書き上げた。/ではなぜ彼女は戻らないと ぼくは 知っているのだろう 二度と会えないことを この手紙は 誰のため?ぼく自身のためなの?/そんなある晴れた 日曜日。一通の手紙が…。「フランソワ」からだった…。/やあ、元気かい。僕は手紙を書くのが上手じゃないし、好きでもないんだ けれど 手紙を書くことにするよ。/僕のいる場所はわけあって言えないんだけれど、あえて言うなら、「世界の果て」かな。/今すぐに会うことはできないんだ。でも本当に会うべきなら また いつか どこかで会えるよ。 きっとね。

つづく…